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サンプル1 テーマ 監視社会

問題 監視カメラの設置に賛成か、反対か?

答案例


(結論)  反対である。
(理由)
@ 第一に、監視カメラによる無断の撮影は、肖像権、プライバシー権の侵害である。

A 第二に、監視カメラによる監視は、尾行等によるそれよりも危険である。
人は、自分が尾行され監視されているとすれば、不安感と不快感を抱く。ところが、監視カメラに対しては、あまり不安感や不快感は抱かない。だから、監視カメラはいたるところに容易に設置することができることになる。このように監視カメラに対する抵抗感が少ないのは、カメラが動物の視線をもたないことと、移動しないことによると思われる。しかし、このように監視カメラが抵抗なく設置されるとすれば、これは尾行による監視よりもたちが悪いと言える。なぜなら、不安感や不快感ない点で、より容易に監視の効果を挙げられるのであるから。

B 第三に、監視カメラの許容は、国家権力に絶対化への強力な武器を与えることになり、人権保障・民主主義の原理を危うくする。
監視カメラによる監視が問題なのは、個人的な不快感や不安感だけの問題ではない。監視の背後に国家権力が存在するからである。国家権力は監視によって得た情報を蓄積し、誰がいつどこにいたか、どんな行動パターンをとるか、どんな表情をするか、どのような食べ物を好むか、どんな本を買ったのか、誰とあったのか、(カメラに集音装置をつければ何を話したのか)などをすべて知りうることになる。このことは、人権保障のために抑制されるべき、また、民主主義のために国民のコントロールを受けるべき国家権力に対し、これらの束縛を脱すべき強力な武器を与えることになる。

たとえば、国家権力を握るものたちが、国民の半数程度が反対すると見込まれる法案を通そうとするとき、その反対運動の先頭に立つ者達を監視情報のデーターベースから割り出すことは容易なはずである。そして、これらの者達を軽微な法律違反などを理由に逮捕するとか、スキャンダル情報によってマスコミにたたかせるとかの方法によって、打倒し、法案成立に導くということが可能になってくる。これは、終局的には、戦前の日本の特高警察が戦争に反対するとみなしたものを片端から逮捕したのと選ぶところのない事態を現出させかねない。つまり、監視社会の頂点には新たなファッシズムの出現が予測されるのである。
 
このことを反面から見れば、個人が監視されない自由を保障されるということは、単なる個人的なプライバシー権や肖像権の問題ではなく、人権全体の保障と民主主義の原理の存亡にかかわるのである。

*(注) しかし、人々はこのような憂慮すべき重大事態が生じているとは知らず、目前の犯罪抑止などの有用性のために監視カメラの設置を歓迎する傾向にある。それはえさにつられて知らず知らずのうちに網にかかる魚の群れのようにも見える。人々は繰り返されてきた歴史の地すべりに巻き込まれることを再び繰り返す。

C 第四に、監視カメラによって犯罪が抑止されるか疑問である。
監視カメラによって犯人は捕まりやすくなるかもしれないが、犯人は監視カメラがあっても犯罪を犯すのではないかとおもわれる。それは刑罰の威嚇があっても犯罪を犯す人間が絶えないのと同じことである。

D 第五に、犯罪の抑止は地域社会のコミュニティーの創造によるべきである。
監視カメラが必要なのは、地域社会のコミュニティーが崩壊したことと関係があると思われる。監視という他人への不信感を前提にした対応ではなく、近くの他人に配慮できるという人々の間のコミュニティーの新たな創造に真の問題解決の鍵があるように思われる。

(注) この点に関しては、将来そのようなものを作り上げることができたとしても、現に今起こる犯罪の抑止には役立たないとか、コミュニティーが復活したとしても、なお犯罪は起こるとかの、反論が可能である。


*賛成説 ←こちらのほうが書きやすい。上の内容をひっくり返して使う。
@ 実際の犯罪抑止が急務である状況がある。例=子供を狙った犯罪が次々と起こっている。
A 監視カメラは、監視という心理的影響によって、犯人に実行をためらわせる効果はあると思う。
B プライバシー権・肖像権は、被害者の生命の権利・幸福追求の権利との関係で制限される。
C 国家権力による監視は、人権や民主主義を危うくする危険があるとされるが、監視の方法について厳格な法的規制を設け(監視の目的は、犯罪の抑止に限る・データは1年以内に消去する・データーの利用には裁判所の許可を得るなど)、独立の審査機関により適正な監視であるか事後的に審査をするなどの方法により、濫用の危険を排除できる。

サンプル2 テーマ 世論

問題 「世論」というものについて、具体例をあげ、君の考えるところを論じなさい。

答案例


 二〇〇五年、郵政民営化法案が参議院で否決されると、小泉首相は衆議院を解散し、郵政民営化の是非を国民に問うという挙に出た。選挙の結果は自民党の圧勝であった。この際に、自民党を支持したのが世論である。しかし、これは現実の世論であり、世論のあるべき姿、理想型ではないと考える。

 民主主義は、「国民の、国民による、国民のための政治」である。しかし、大きな人口と広大な領土を持つ近代国家においては国民一人一人の意思を国政に直接反映することは事実上不可能である。そこで、選挙により代表者を選び、代表者を通して政治をするという間接的な方法をとる。この間接民主制がよく機能するためには、選挙を軸として、政党は国民に論点と政策を提示することで、また、マスコミは政治に関する正しい情報を国民に供与することで、世論を形成し、それを国政に反映させることが必要である。他方、国民も、物事を理性的に判断できる主体的な個人であることが必要である。こうして、理想型としての世論とは、主体的・理性的な判断能力を持った国民に、各政党が論点と政策を提示し、また、マスコミが支持に関する正しい情報を供与することで形成される国民の意思であると定義される。

 そこで、この理想型としての世論という観点から見てみると、先に挙げた郵政民営化選挙に際して形成された世論には次のような問題がある。

 第一に、国民が「郵政民営化」とはどのようなものであるのかについてよく知りよく考えていたのか疑問である。むしろ、ほとんど「郵政民営化」というスローガンしか知らない人が多いのではないかと思われる。つまり、この世論は主体的・理性的な判断能力を持った国民によって形成されたものではないのである。

 第二に、自民党に対立する政党が、論点を明確化し、独自の明確な政策を提示しえたのか疑問である。

 第三に、マスコミの報道姿勢に大きな問題がある。「郵政民営化」是か非かということを、まるで「改革派」と「抵抗勢力」の一大決戦のように脚色し、勝ち負け関する興味本位の報道に終始した感がある。これは、国民に正しい情報を提示するというマスコミの責任を放棄するものであった。

 こうして、無知な大衆、無能な野党、無責任なマスコミによって形成されたのが、郵政民営化選挙で自民党を支持した世論なのである。したがって、このような現実の世論は「情報操作された国民の意思」であるとすら言える。しかし、現代では、世論の理想型とはほど遠いこのような現実の世論が形成されることは常態と化しており、ここに民主主義の危機が潜んでいるのである。

サンプル3 テーマ 言葉を、鵜呑みにしたり、オーム返しにしたりしないで、批判的にとらえる。 

問題 あなたは「リストラ」「フリーター」「ニート」「勝ち組・負け組」「バツいち」など、今日の世の中でよく耳にする言葉についてどのように考えますか。そのような言葉を一つ挙げ、あなたの考えるところ800字以内で論じなさい。

答案例
 

「勝ち組・負け組」について

(注 1200字のもの)
一般に、この言葉は、女性が結婚適齢期内に結婚をしたか、それとも、結婚適齢期を過ぎて結婚しないかによって、結婚した方を「勝ち組」、しなかった方を「負け組」として、区別する言葉として使われている。

 まず、この言葉は、人は一定の年齢の範囲内で結婚すべきであるということを、暗黙の前提としている。しかし、この前提は「婚姻の自由」という基本的人権の思想に矛盾する。なぜなら、「婚姻の自由」」は「婚姻しない自由」を論理的に内包するからである。故に、この言葉は、基本的人権の思想と相容れない言葉である。

 次に、この言葉については、なぜ結婚したか否かが「勝ち・負け」の基準になるのか不明である。結婚に至る過程を一つのレースと観念し、結婚をゴールと考えれば、「勝ち・負け」という基準を一応根拠付けることはできる。しかし、若い女性の人生の目的が結婚のみ限定される点と、人生は結婚後にも続くものである点からして、そのような見方は偏見ないし一面的である。むしろ、このような女性の人生を狭く限定する考え方は、戦前の、女性は結婚して、良妻賢母となるべきものである、という思想と相通じるものがあるのではないかと疑われる。

 第三に、「組」という言葉は、一つの集団を意味するが、何ゆえ、個人に注目し、「勝った人・負けた人」と言わないで、それを集団に帰属させようとするのか不明である。たとえば、交通事故にあった人は「交通事故にあった組」とは言わないし、大学受験をする人も全国レベルでは「大学受験組」とは言わない。思うに、この「組」という言葉の背景には、ある優位的な集団に属していれば安心だという思想(たとえば「親方日の丸」)あるいは、人と違うことをしたりはしないで、できるだけ大勢あるいは体制に順応しておけば安心だという思想がある。このような集団主義的思想はやはり基本的人権の思想が前提とする個人主義の思想と矛盾する。

 以上のように考えてくると、この「勝ち組・負け組」という言葉は、背景に旧来の日本社会の女性蔑視と集団主義の思想にリンクしうるものがあり、そうだとすれば、日本社会の保守回帰を象徴する言葉であるといえる。故に、基本的人権の「自由」や「個人主義」の思想とは本来的に相容れない言葉である。(1200字)


(注 800字のもの)

一般に、この言葉は、結婚適齢期内に結婚した女性と、適齢期を過ぎて結婚しない女性とを区別する意味をもつ。

 まず、この言葉は、女性は一定の年齢の範囲内で結婚すべきであるということを、前提としている。しかし、この前提は「婚姻の自由」という人権の思想に矛盾する。なぜなら、「婚姻の自由」」は「婚姻しない自由」を論理的に内包するからである。

 次に、結婚したか否かを「勝ち・負け」の基準とするためには、結婚に至る過程を一つのレースと観念し、結婚をゴールと考える必要がある。しかし、これは人生に対する一面観ないし偏見である。むしろ、このような女性の人生を狭く限定する考え方には、戦前の、女性は結婚して良妻賢母となるべし、という思想と相通じるものを感じる。

 第三に、何ゆえ、個人に注目し、「勝った人・負けた人」と言わないで、それを「組」という集団に帰属させようとするのか不明である。たとえば、交通事故にあった人は「交通事故にあった組」とは言わない。この「組」という言葉の背景には、ある優位的な集団に属していれば安心だという思想や、できるだけ大勢あるいは体制に順応しておけば安心だという思想がある。このような集団主義的思想はやはり人権の思想が前提とする個人主義の思想と矛盾する。

 以上のように考えてくると、この「勝ち組・負け組」という言葉は、背景に旧来の日本社会の女性蔑視と集団主義の思想があり、そうだとすれば、日本社会の保守回帰を象徴する言葉であるといえる。故に、人権の「自由」や「個人主義」の思想とは本来的に相容れない言葉である。(800字)


サンプル4

テーマ 歴史観

問題 「歴史観」というものについて、具体例をあげ、君の考えるところを論じなさい。

答案例


 歴史観とは文字通り「歴史の見方」のことであるが、それは今現在の世界の動向を世界史の観点から展望することである。それは、人類がこれまで行ってきた行為の結果として生じた問題に焦点を当て、その複雑な原因を解明し、解決の方向を探ることである。この観点からするとき、世界には、国際テロの問題、イラク問題、イスラエルとパレスチナ中東問題、アフリカのいくつかの国の内戦の問題、北朝鮮の核開発や外国人拉致の問題、イランの核開発の問題、などの戦争、安全保障、国際政治にかかわる問題、地球温暖化、環境ホルモン、水資源枯渇化、などの環境問題、人口爆発や南北の格差の問題など数多くの問題が山積みしていることが分かる。これらの問題は、グローバル化が進む今日、一国のみの問題ではなく、世界のすべての国や一人一人の人間にかかわる問題なのである。このような認識をもつことが、歴史観を持つ第一歩であるといえる。

 ところで、このような観点からするとき、阿部首相の「美しい国を作る」というような政治公約は、世界との緊密な関係を持ち、交際連合の常任理事国入りを目指す国の首相の政治公約となりうるものなのかとの疑問がある。ここには、右に述べたような歴史観の初歩すらないのである。のみならず、歴史的に見て「美しい国」を作ろうとしなかった政治家がいるのかも疑問である。ヒットラーですら、「美しい国」を作るために、ユダヤ人を虐殺したのである。したがって、このような一般的なことはそもそも政治公約たるの名に値しないのである。

 このような歴史観の欠如は、戦前の日本の軍国主義に対する歴史認識の欠如と結びつき、さらに、その反省に立った憲法や教育基本法の否定の方向を歩むことになる。その半面で、かつての日本の歴史を軍国主義化の歴史ととらえることを「自虐的」と感情的にとらえることになる。しかし、例えば入学試験に失敗したものがその原因を反省することは何ら「自虐的」ではない。それは理性的な反省であり、その結果失敗の原因を見つけることは、は未来に向けて生産的な戦略を生み出すことにつながる。これは一国の政治についても当てはまるはずだ。にもかかわらず、「自虐的」ととらえるのは、その反省をすることを自己否定と同じ意味にとらえる自我の危機意識から来るものである。それは自己正当化というきわめて偏狭な自我であり弱い自我であると言える。

 おそらく戦前の日本の軍国主義化を正当化しようとする主張は、中国の台頭に危機感を感じる立場からなされるものなのだ。このまま中国が発展を続ければ、日本は経済的にも軍事的にも負けてしまい、今世界で占めているような地位を失う恐れがある、という不安からなされる主張なのだ。しかし、経済的・軍事的に負けたところで、独自に生き延びる道がなくなるわけではない。また、そもそも、勝つとか負けるとかいう発想でしか、未来の歴史をとらえられないことに問題がある。問題は、日本が今後の世界の中で、どんな道を歩むのが、日本にとっても世界にとってもよいのかということであるはずだ。

 これに対しては、それは「理想」に過ぎ、「現実」にそぐわないとの反論も出てこよう。しかし、現実を変えるのが政治であるべきであり、故に「美しい国」というような「理念」が提示されるのだ。つまり、「現実主義者」ですら「理想論」を唱えるのであるから、「現実」を変えなければならないことについては、奇しくも意見は一致しているといえよう。
 そして、現実を変えなければならないとすれば、その現実のよって生じた原因を究明し、それを除くほかはない。当然それは歴史に行き着く。それは自虐的と感じる以前の、なにが原因なのかという認識の問題なのである。


*(注)勉強のできる生徒がA(米)・B(日)二人がいたとしよう。Aは一番でき、もう一人のBは二番目にできる。ところが、今まであまり勉強のできないと見られていたC(中)が急激に力をつけてきた。Bはもちろん、Aまでも次の次の試験あたりでは追い抜きそうな勢いである。ここで、A・BはCの躍進に対する不安・敵意・嫉妬のために、自分を改善することを忘れて、Cに対して当てこすりをしたり、いやみを言ったりする。一種のいじめである。特にBの態度がひどくてせこい。
そういえば、長野県の知事に作家の田中氏が当選したときに、前知事を支持していた県庁の部長か何かが田中氏の名刺を田中氏の前で破るということをしたが、これも右とどこか似た構造をもつ。
自分が十日でマスターしたものは、相手も十日でマスターする可能性があるし、相手は一週間でマスターするかもしれないのである。競争で大切なのは、自分を変えることであり、相手に敵意を持ったり、嫉妬したりすることではないはずである。

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