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四季即是食う 食う即絶食(シキソクゼクウ クウソクゼッショク)

              −短い叙事詩の試み−

その国は豊かになった

その前は戦争に負けてどん底だった

でもちょっと豊かになると、そんなことはすぐに忘れた

自分たちはセカチュウだと思い始めた

こういう変な言葉を変な言葉だとも思わなくなった

 

その国の食料自給率は30パーセントなのに

人々は毎日ご馳走を食べていた。

わざわざやせるための努力をする人もたくさんいた

太った後にやせるとたたえられさえした

最初から太らないような生活をすることは許されなかった

なんてったって、国営テレビまでグルメをたたえ、グルメを勧める番組を放映するのだから

 

その国の有名人とは、珍しい食べ物を毒見するかのような表情で食べてみて、何かコメントする人のことだ

まずいというコメントはなぜか聴いたことがない

その国の有名人とは何でも食べる雑食性の極み(きわみ)にいる人のことのようだ

彼らの語彙(ごい)は十語に満たない

 

その国の挨拶言葉は「ダイエット」だった

ダイエット関係の健康()産業が隆盛になり、GDPは引き上げられた

そういうGDPにどんな意味があるの?

だって実質的な生産性がないじゃない

それってもしかしたらバーチャルGDP

そんな素朴な疑問は蚊の鳴き声のようなものだった

 

ところで 牛も豚も鶏も、栄養満点のご馳走を食べて 自分の運命を知らない

その国では、人々も家畜になっていった

自分たちがどうしてそんなに豊かな生活ができるのかは考えなくなった

今を何とかしようとか、

これからどうなるのかなんて 考えなくなった

山野のけものは日々生きることを考えるだろうが、家畜はそんなことは考えない

 

時間とは、学校へ行く時間、会社へ行く時間、恋人と待ち合わせる時間、

世界や宇宙のダイナミズムに内在する時間ではなくなった。

家畜にえさが与えられる時間と同じになった

今が歴史の一こまに過ぎないという認識はなくなった

 

空間とは、世界や宇宙の広がりではなくなった

自分たちの世界と貧しい人たちの住む世界とは別世界だと思うようになった

家畜にとって家畜小屋がすべてであるように

世界中を旅行しても、自分の空間はいつも持ち歩いた

ケータイとGPS

 

思考は停止した  ただ感じるだけ

歴史は止まらないのに 歴史観は停止した

 

政治はちょっとハンサムで誠実そうな人にまる投げで任すことにした

なんたって、その人は「美しい国」をつくりたいというのだから

「美しい国」???

そんな当り前のこと言うまでもないことでしょう、と批判する人は無視された

いや 警戒されるようになった

 

みんなは言った

そんな人は、とんでもなく危ない人ですよ

そんなことを言う人はテロリストに決まっていますよ

そういう人には監視カメラと自警団で対処しましょう

 

人々は、数十年前の祖父や曽祖父の時代とおなじ道を歩んだ

歴史はみごとに繰り返した

 

色即是空 空即是色

天は 何事もなかったかのように無言で繰り返していた

 

                                      2007/07/06  by鈴木洋純