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勉強に身が入らない新6年生の君へ。
努力するも、しないも、君の自由だ。だから、努力するのがいやなら受験をやめればよい。努力しないでのん
びりと生きるというのも一つの生き方であり、それはそれとして尊重されなければならない。また、努力したか
らといって、特別にえらいわけでも何でもない。
ただ、努力には、次のような意味がある、ということに注意してほしい。
第一に、忍耐強さや集中力をきたえるという意味がある。これは自分の限界と思われるところを越えていくときに飛躍的に高まるものなのだ。
第二に、努力は人生上の問題を可能な限り科学的合理的に処理しようとする態度を育てる。なぜなら、努力は
無数の実験を繰り返すことと同じだからである。そこからは無数の成功・失敗・問題などの情報が得られ、その集
積は合理的な方法の工夫へとつながるからだ。
第三に、上のような情報の蓄積は、いわく言いがたい直感力、いわば、「職人的勘」とでも言うものを育てる。
それは、将来君がさまざまな困難に直面し、それを越えていかなければならないときにきっと役立つものなのだ。
第四に、努力はある物事ととことんかかわるということであり、これにより、自分とはどのような人間なのか
ということを知っていく意味がある。この探求は一生涯続けるべきであろう。
受験というものも、真剣に取り組めば、以上のような努力の意味を知るための一つの大切な経験となりうるものなのだ。
もっとも、今の君にこのようなことを言っても、その心に響かせることは難しいのかもしれない。私自身がかつて、君と同じように、人生の先輩の心を込めたことばをいくつも無にしてきたのだから。しかし、今その先輩たちと同じくらいの年齢になってみると、やはり私は君に言わなければならない。
君は、「受験」、したがって、「努力」という道を選ぶのか。それとも、「努力」などしないで、「のんびり」生きる道を選ぶのか。自分で選ばなければならない。
草々
98年6月18日
鈴木国語研究所
鈴木洋純
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