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「学習指導要領が変わりましたが、それについてどのように思われますか?」との質問に答えて。



 私はなんとも思っていません。

勉強→学校→学習指導要領というラインで考える人にとっては、学習指導要領の変更は

重大な問題でしょう。しかし、「勉強は自分でするもの」と考える人にとっては、何の問題も

ありません。たとえば、ピアノを本気で習おうとする子が学校の音楽を基準に勉強するで

しょうか。答えは明白に「ノー」です。国語、算数、理科、社会などについても同じことが言

えます。勉強したければ、図書館、学習参考書、塾、テレビ、インターネット、などきわめて

多くの勉強の機会が与えられています。ですから、本当に勉強したい人は、学校など問題

にしないで、どんどん自分で勉強していくはずです。したがって、学習指導要領の改訂など

「どこ吹く風」ということになるのです。 ファーブルや南方熊楠ではありませんが、勉強の原

動力は「知りたい」という個人の意欲であり、学校はこの個人の意欲を啓発し促進する限り

において、存在価値を持ちます。逆にいえば、そのような働きをしない学校など税金の無駄

遣いに他なりません。では、今日までの学校はというと…?そのような働きはしていないと多

くの人が思うのではありませんか.。学習指導要領や教育委員会、黒幕の文部省などを排し

て、各学校に独自の活動を認めること、現場教師に独自の授業をさせること、学校や教師

の選択を生徒の自由とすること、これによりダメ学校やダメ教師は淘汰されるようにすること、

大雑把に言えば、学校制度には、このような過激な改革が必要だと思います。


 私は、塾経営者ですから、学校の理想像などにはあまり関心がないのですが,塾なら当然

つぶれるだろうような経営をしていて、ちゃんと存続できるというのはどこかおかしいのでは

ないかと常日頃思っているわけです。銀行にしてもダイエーにしても不思議ですね。どうして

存続できるのかナゾです。


 学習指導要領改定に関する大騒ぎの根本には、国家主義か、個人主義か、という問題が

横たわっています。「国家が何かしてくれる」と思っている人たちにとっては、指導要領の改

訂は重大問題になるでしょうが、「国家など基準にすると正直者や弱いものが馬鹿を見る」

と思っている人々は、元来国家を相手にしていないので、「まあ、勝手にやってください。」

程度にしか考えないのです。


 春期講習中で忙しいのですが、ついたくさん書いてしまいました。さあ、仕事!シゴト!

 



                                              草々

02年4月3日                          鈴木洋純



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