「読むなら書け!」って何?


 

1 要旨(長い文章は読みたくないという人のために)

 

@ 文章は論理的に書かれている(少なくとも書こうとしている)。

A したがって、その文章の論理的な解読が読解である。

B したがって、論理的な思考力がなければ読解はできない。

C ところで、論理的な思考力をつけるためには、「書く」という作業が有効である。

D それゆえ、「読解力をつけるなら書け」すなわち「読むなら書け」といことになる。


2 本文(長い文章もヘッチャラという人のために)

 

文章は一般に論理的に書かれています。少なくともそのように意図されています。これは物語文や詩でも同じことです。あるテーマを描き出すという目的のために、ある方法や作戦があるのであり、それは論理的なものであるのです。その論理性が確実で、高度のものであればあるほど、その作品の完成度も高いといえます。もしこのような論理を欠いた文章であれば、それは文章の体裁をとっていても、文章の名に値しないものであり、入試などで問題になるものではないのです。


 このように文章が論理的に書かれているとすれば、その内容を把握するためには、その論理に即して、読解されなければならないことになります。読解とは、文章の論理を解読することであると言えます。


 したがって、読解する人の頭(脳の働き)が論理的でなければ、文章の論理は読み解けないわけです。


 では、頭を論理的にするにはどうしたらよいのでしょうか。


 このためには、ていねいにその文章の論理を確かめながら、整理してみることがもっとも有効であると考えられます。他人の文章の論理をたどって整理するということは、同時に、自分の頭を論理的に訓練し、したがって、論理的なものに鍛え上げていくことでもあるからです。



 そして、この他人の論理をたどり、整理する方法として有効なのが「書く」という作業であるのです。


 書く」という作業は、読むことによって脳裏に映じた知識や論理といった情報を、再び、外に出すという作業であり、さらに、出したものを同時に再確認する作業でもあるのです。この出力・確認という積極的な作業を経ると、その情報は、ただ読んだだけの受身の段階よりも、より深く頭の中に組み込まれ、いわば「自分の情報」となっていくように思われます。それ故、誰しも、書くことによって理解が深まったという経験をするわけです。


 このように情報がより深く頭の中に組み込まれ、定着すると、その情報に内在する論理もより深く自己に定着することになるのです。それ故、論理性をつけることにつながるのです。


 もちろん、これは手間のかかる作業であるわけですが、「学問に王道なし」といわれるように、この手間を惜しんだ勉強は、論理性を鍛えないということですから、ものにならないと言えるでしょう。


  したがって、「読解力をつけようとするなら、ただ読むだけでなく、読んだ内容を書いて整理するという作業をすることにより、論理性をきたえろ」ということになります。つまり「読むなら書け
!」ということになるわけです。

 


(注) 論理とは、判断と推理を言います。判断とは二つの物事(概念)の関係を認識することだといえます。たとえば、AとBとは、原因→結果の関係にあるとか、反対の関係にあるとか、同一の関係にあるとか、並列の関係にあるとか、判断することです。推理力とは、ある判断から他の判断を導くことです。たとえば、「人間は動物である」「私は人間である」という二つの判断から、「私は動物である」とい他の判断を導くことが推理です。



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